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年末のお祓いはなぜ必要?ミソギハライの原点から。

投稿日:2017年11月28日 更新日:

一年の穢れ(ケガレ)とは心にたまった垢(アカ)です。一年の垢を落として新年に良い運気をもたらす、禊(ミソギ)祓(ハライ)を、神話に基いて解説していきます。

 

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ミソギとハライの起源

ミソギ(禊)とハライ(祓)の起源は、
イザナギノミコト(男神)が、
黄泉国*1(よみのくに)のケガレ(穢れ)を祓うために、
阿波岐原(アワギハラ)で禊をしたことです。

[*1]黄泉国:日本神話における死者の世界のことです。古事記では「黄泉國(よみのくに、よもつくに)と表記されています。黄泉国には、出入り口「黄泉比良坂」(よもつひらさか)があり、これが葦原中国(あしはらのなかつくに/高天原と黄泉国の間にある世界、つまり、今の日本)とつながっているとされます。(参考URL: https://goo.gl/LwwGQv)

この記事では『古事記』における、
阿波岐原(アワギハラ)の禊祓いの前の、

「黄泉国」の神話にもどって、
ミソギとハライの起源をさぐっていきます。

黄泉国(死の国)の神話は、
男神と女神との、まるで人間のように人間くさいやりとりが、
比喩(ひゆ)として描かれています。

イザナギノミコト(男神)と、
イザナミノミコト(女神)は、

それまでの、
抽象的な陽神(男神)と陰神(女神)から、
はっきりとした男女の性別に別れた神です。

お互いを異性と認識し、
愛情を確認し合って夫婦となるのが、
イザナギ・イザナミ
になります。

二神は夫婦の契りをして、次々と島や神を生んでいきます。
そして、最後に火の神を生んだことが原因で、
イザナミノミコトが死んでしまいます。

嘆き悲しんだイザナギノミコトは、
いとしい妻に会いたいと思って、
死の国(黄泉国)にいる妻を訪ねていきました。

 

自分の過ちに追いかけられる

真っ暗な御殿の戸の前で出迎えたイザナミノミコトに、
イザナギノミコトがこう言います…

─「いとしいわが妻よ。
私とあなたとで作った国はまだ作り終えていない。
 だから現世に帰りなさい。」

イザナミノミコトは悔しがって、

─「なぜもっと早く来て下さらなかったのですか。
 私はもう黄泉国の食べ物を食べてしまいました。
 しかし、いとしいわが夫のあなたが、
わざわざ来てくださったのですから、
 一緒に帰りたいと思います。
 黄泉国の神と相談してきますので、お待ちください。
 それまで、けっして私の姿を見ないでください。

と言いました。

ところが、イザナギノミコトは待ちきれなくなって、
櫛の歯を一本折って火を灯し、 中を見てしまいます。

すると、イザナミノミコトの死体に、
ウジ虫がたかってゴロゴロと鳴り、
頭、胸、腹、陰部などに、八種類の雷神が出現していました。

イザナギノミコトはこれを見て驚き、恐れて逃げ帰りました。

イザナミノミコトは、

─「よくも私に恥をかかせた」

と言って怒り、

黄泉国の醜女(しこめ)をつかわして追いかけさせました。

この醜女は、

─「見ないで」

と言われたのに見てしまった・・

という、
禁忌(タブーのこと)を犯した、
イザナギ自身の醜い心
をあらわしています。

みずからの醜い心(弱い心)に追いかけられるというわけです。

 

「捨てる」祓い

追いかけてきた醜女(しこめ)に、イザナギノミコトが、
髪につけていた黒い木のツルの輪をとって投げると、
ブドウの実がなりました。

それを醜女がとって食べている間にさらに逃げました。

しかし、まだ追いかけてくるので、今度は、
さしていた櫛の歯を折って投げました。
すると、竹の子がなりました。

これを醜女が引き抜いて食べている間に、
さらに遠くに逃げました。

イザナギは、
身につけていた物を投げ捨てる
ことによって、
みずからのケガレ(タブーを犯した弱い心)を祓っているのです。

神さまであっても、あやまちは犯します。
しかし、心の中ですぐにそれを認めたところが神さまなのです。

神話ではあえて説明されていないところですが、

逃げながら、みずからの醜い心と向き合って反省したので、
投げ捨てたものが食べ物になって、みずからを助けたのです。

腐った体の妻をみて、
逃げ出すところは残酷にもみえますが、
弱い心が生み出した、
妻への執着を捨てるという意味の祓いになります。

 

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三つの桃の祓い

醜女の次には、今度は、雷神が追いかけてきました。

イザナギノミコトは、
十拳剣(とつかのつるぎ)を抜いて、ふりながら逃げました。
十拳剣は、男神の神性の象徴のようなものです。

「剣をふる」という動作にも、
「祓い」の意味がこめられています。

雷神は、イザナミの屍から出現した神です。
神性の象徴と、神から生まれた神との対立です。
(十拳剣=男神の神性の象徴/雷神=女神から生まれた神)

イザナギは、イザナミに恥をかかせただけでなく、
一緒に帰りたい気持ちを起こさせて、
それを裏切ってしまいました。

そういう、みずからの罪深さを、
イザナギがあらためて思い知る場面だと思います。

また、イザナミにかわって自分がやらなければならない、
現世での使命のことも、剣をふりながら思ったはずです。

そして、イザナギノミコトは、
黄泉比良坂*2(よもつひらさか)まで来て、
坂本に生えていた桃の木から桃を三つとり、それを投げました。
すると、とうとう黄泉国の軍勢は退散しました。

[*2]黄泉比良坂(よもつひらさか):生者の住む現世と、死者の住む他界(黄泉国)との境目にある坂のこと
(※参考URL: https://goo.gl/eo58JF)

「三つの桃」というのは、
過去・現在・未来をあらわしているとされます。

ここで三つの桃を投げるのは、

  • 過去に犯してしまったあやまちを振り返って祓い
  • 今も気づかずに犯しているかもしれないあやまちを祓って気づき
  • 未来で、決してそれらのあやまちを犯さない

という決意をあらわします。

神さまであっても失態はします。
しかし、潔い(いさぎよい)ところが神さまなのです。

 

イザナギノミコトが伝えたいこと

イザナギノミコトは桃の実にこう言いました。

─「汝れ、吾を助けしが如く、
葦原中国のあらゆるうつしき青人草の、

 苦しき瀬に落ちて患へ悩む時助くべし。」

(訳)「おまえが私を助けたように、
葦原の中つ国に生きているあらゆる現世の人間が、

つらい目にあって苦しみ悩んでいる時に助けてほしい。」

そして、桃の実にオオカムツミノ神という神名を与えました。

イザナギも、いとしい妻が死んでつらかったのです。
その妻から逃げ、追われる身になったことも、
さらにつらかったのでしょう。

イザナギにとってしてみれば、
妻を失ったことがあまりに悲しく苦しかったため、
もう一度会って、連れ戻したいと思うのは必然のことです。

しかしそれが、本当に正しい行いなのか、
結果をみないとわからないことが現実にはあります。

苦し紛れにしてしまいがちな、もろもろのこと、
良かれと思って、
知らず知らずのうちにやってしまうエゴイスティックなこと、
ネガティブな思いで思考が偏ってしまう状態など、

大祓いで祓うツミケガレは、そういう心の垢とか、
光を遮(さえぎ)る幕(膜)のようなものです。

人間がつらい目にあって、
本来の道を見失ってしまった時に助けてほしいと、
イザナギが桃の実に言うところは重要です。

どんなに苦しい時でも、みずからの清い心で、
切り抜けることができることを言っているのです。

ここが禊祓いの原点となるポイントだと思います。

ピンチの時に、救いの桃の実が現れやすいように、
日頃から、心身のケガレを祓って、
身を潔く(ミソギ)しておく・・・

そういうことが大切なのです。

 

イザナミノミコトの愛

最後には、イザナミノミコト自身が追いかけてきました。

そこで、イザナギノミコトは黄泉比良坂に、
千引岩*3(ちびきいわ)をおいて道を塞ぎました。

[*3]千引岩(ちびきいわ)

動かすのに千人力を必要とするような巨石

大きな岩を間に挟んで、二神は向き合いました。

─「いとしいわが夫のあなたが、こんなことをなさるなら、
 あなたの国の人間を一日に千人殺しましょう。」

とイザナミノミコトが言います。

すると、イザナギノミコトは、

─「いとしいわが妻であるあなたが、そのようなことをなさるなら、
 私は一日に千五百の産屋*4をたてましょう。」

[*4] 産屋:産屋(うぶや)は、女性が出産するための部屋、別棟の家

と言いました。

これが、人間の生死の起源だということです。

いっけん、二神がケンカ別れしたようにみえます。
しかし、イザナギが最後、
桃の実で
三世(現在・過去・未来)のケガレを祓ったから、
イザナミが出てきたのです。

一日に千人殺すというイザナミの嚇(おど)しも、
「死(悲しみ)」よりも、
「生(喜び)」をより多く生みだそう、 という決意を、

イザナギに固めさせるものだったのです。

穢れ(ケガレ)の語源は、「気枯れ」です。
生命力が弱まって、非生産的な状態をいうのです。

ケガレを祓うということは、心身をリフレッシュして、
あらたな生命力をよみがえらせることをいいます。

まさしく、「黄泉がえり」(よみがえり)です。

 

まとめ

禊と祓の起源は、黄泉国の神話にあったということ。
そして、自分が犯した過ちにより何かに追われたとき、
自分の身につけていた穢れを祓い捨てることで、
自らを清め、新たな生命力を蘇らせて、
ピンチを脱出できることについて説明しました。

日本神話というのは、とても奥が深いものですね。

自分自身の穢れを祓い、
自らを助けて新たな生命力で毎日を送りたいものです。

 

お祓いの神はどんな神?祓戸大神は四神?その役割は?
年越の大祓いとは?禊と祓いの違いは?お勧めの神社は?

参考 『古事記(上)』全訳注 次田真幸 講談社学術文庫

 

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