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イザナギノ命の禊祓と穢れから生まれた禍津日神

投稿日:2017年12月25日 更新日:

古事記におけるイザナギノ命の禊祓(みそぎはらえ)と、穢れ(けがれ)から生まれた禍津日神(まがつひのかみ)の働きについてご紹介します。

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イザナギノ命の禊祓

古事記の中には、有名なお話がたくさんあります。

その中でも、イザナギノ命が、
禊祓(ミソギハラエ)をしたお話は、
日本人の生命観を根本部分で支えるものです。

黄泉国(死の国)から帰った、
イザナギノ命はこう言います。

「私はなんといやな穢れた国に行っていたことだろう。
身も心も清める禊をしようと思う。」

そこで、 筑紫つくし日向ひむか小門おどたちばな阿波岐原あわぎはらにおもむきました。

ミソギの原義は、水の中で身をすすぐ、ことです。

私たちは肉体を持ったとき、母親の羊水の中にいました。

ミソギとは、
後からついた心身の汚れや垢を落として、
生まれたままの姿に戻ることです。

黄泉がえり(蘇り、甦り)は、
イザナギノ命が川で禊を行って、
新たな生命力を得たことに由来します。

 

黄泉国でのお話は、
年末のお祓いはなぜ必要?ミソギハライの原点から。

 

 

黄泉国の穢れ

イザナギノ命が禊をした、
黄泉国の穢れとは、何だったのでしょう。

古事記の不浄観は、生命力を賛美する意味で、
「死」を重大な穢れとしてとらえていました。

世の中で美しいといわれる、おおよそのものは、
イキイキとした生命力に満ち溢れています。

光り輝く「生」の対極としての「死」を、
穢れとしたのです。

組織が死滅して肉体が腐っていく様子も、
それを見て驚愕することも、
愛する人との死別の悲しみも、

イキイキとした生気の枯れということで、気枯れ⇒穢れ となります。

さて、イザナギノ命は、愛する妻の屍をみて、
恐ろしさのあまり逃げ出したわけですが、

そもそも、「死の国」に妻を求めて行ってしまったこと、
見ないでと言われたのに見てしまったこと、
ただ、妻に会いたい一心だった心を恐怖で満たしてしまったこと、
その愛する妻に恥をかかせてしまったこと、
妻に「帰りなさい」と言ったのに一人で逃げ帰ってしまったこと・・・

イザナミノ命が禊しようとしたのは、
そういった、もろもろの、
生命の道からはずれた行為や状態である穢れです。

単純に、死の国の穢れ、だけではないのです。

イザナギノ命は、黄泉国で、
死の国の穢れと、 内面の穢れともいえる、
みずからの禍(マガ)とも向き合わなければならなかったのです。

 

 

 

禊で生まれた禍の神

阿波岐原あわぎはらに   にきたイザナギノ命は、

「上流は流れが速い、下流は流れが遅い。」 と言い、
中流の瀬におりて水中にもぐりました。

このときに生まれた神を、 八十禍津日神、大禍津日神
(やそまがつひのかみ・おおまがついひのかみ)といいます。

禍(マガ)とは、曲がっていること、
心や物事が正しくないことをいいます。

一般的には、
災厄や「禍」そのものの神とされています。

そして次に、
その「禍」を直そうとして生まれた神が、
神直日神・大直日神(かむなおひのかみ・おおなおひのかみ)、
伊豆能売神です。

日本の神さまは、八百万の神といいますが、
多くは自然や摂理の神です。

ところが、穢れから禍の神が生まれ、
その禍を直そうとして、直日の神が生まれるという、
かなり変わった神さまたちがいます。

 

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まが」の意味

漢和辞典をひくと、「禍」の意味は、

わざわい、不幸、災難、神のとがめ、
わざわいする、わざわいを与える、不幸を与える。とあります。

身に起きる不幸や災難は、理不尽に起こったのではなく、
原因があって、それが「わざわいして」、
その原因となるマガを直そうとして、
「与えられて」「とがめられて」起きるものだという、 意味にとれます。

古神道の霊魂観に、一霊四魂(いちれいしこん)があります。

人間には、内なる神として、
神の分霊である直霊(なおひ)と、
荒魂(あらみたま)・和魂(にぎみたま)
幸魂(さきみたま)・奇魂(くしみたま)
の四魂(しこん)があるとしています。

神直日神・大直日神の直日と、
一霊四魂の直霊は、無関係ではないでしょう。

古神道には、「見直し・聞き直し」という言葉がよくでてきます。

もろもろの禍事(マガゴト)は、
みずからの内なる神と、外なる神の両方に、
「見直し・聞き直し」して、 まっすぐにするという考え方です。

 

荒魂が荒ぶるとき

江戸時代の国学者・平田篤胤は、禍津日神を、
「人の心にある荒魂的な存在である」としたそうです。

身にもたらされる災厄は、
慢心や驕りという禍に気づかせようとして、
自分の荒魂が動くことによって起きるとしたら?

平田篤胤の直観は、
そういうところを指していたのでしょう。

大自然に鎮まる神々も、
人間に恵みをもたらす、ありがたい存在であると同時に、
天変地異などで災害をもたらす怖い存在でもあります。

大自然のもつ強力な、相反する陰陽の力、
破壊と創造だけでは厳しすぎるので、

殻を破って前進する力(荒魂)・調和する力(和魂)、
幸福をもたらす力(幸魂)・智恵の力(奇魂)が、
人間に内在しているというわけです。

八十禍津日神・大禍津日神という、禍の神さまと、
禍を直す神さまである、 大直日神・神直日神は、
人間や社会を外から見ていて、
連携して成長進化をうながす存在、ともいえそうです。

実際、禍津日神を、 穢れを祓う存在としてや、
悪いことを良い事へと変えてくれる存在として、
直日神とともに祀る神社が多くあります。

禍の神という、怖い名前の神をあえて祀ることで、
自他を戒め、
善いことも悪いことも、
陰と陽の、一つのものの表裏として肯定していたのですね。

 

禊の最後に生まれた三貴神

日本の神さまは、完全無欠ではありません。

神さまも、身につけていた衣服や飾りをとり、
川にもぐって禊祓いをしなければならなかったのです。

そして、禊の最後に、もっとも貴い神が生まれました。

天照大御神(太陽)、月読命(月)、素戔嗚尊(地底・霊界)です。

人間はもっと、見直し聞き直して、
進みながら振り返ることが必要なのかもしれません。

してしまった失敗は反省したら、 クヨクヨしすぎないことです。
反省の後に、新たな世界(三貴神)が生まれるから、です。

失敗やまちがいに対する寛容さが、日本の神さまの特徴です。
生かされている時間もまた生命そのものだから、
無駄にできない、ということです。

神さまと人との間にある、
親子のような温かな「むすび」を回復し、
自分の「いのち」の貴さに気づく道しるべとして神話があります。

禊と祓という再生儀礼を通して、不断の努力を続ける姿を、
イザナギノ命がお手本として示してくれているようです。

 

参考サイト 悪神? それとも穢れを祓う善神? 議論が続く禍津日神 (TRINITY)
      Wikipedia 一霊四魂

 

 

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